時は今
由貴は四季に言われた通りに立ってみた。
「え…。何か不安定。グラグラする」
「でしょ?身体の重心が傾いていると、この姿勢は維持出来ないの。頭の上から全身を糸でつるされたような状態をイメージして、腕の力は抜く。この時の全身のバランスを覚えておいて、ピアノを前にするといいと思う」
四季は白鳥の手の動きのように両手をふわりと降ろした。
由貴も同じように降ろすが、まったく動きの柔らかさが違う。
「四季、バレエの基礎レッスンでもやってるの?」
「うん。柔軟体操とバーレッスンとポーズだけはね。ステップが入るとキツくなるから、跳躍とか回転の練習はしないけど」
四季には美歌という妹がいて、バレエをしている。
四季が妹のバレエのレッスンでピアノを弾いていることはあるが、四季もこれだけしっかりバレエの基礎をしているとは思わなかった。
「四季、柔軟体操、ずっとしてたっけ?」
「ん…最初は美歌につき合って時々するくらいだったけど、タリアフェロの本を読んでから『あ、何気なくやっていたバレエの柔軟体操って、ピアノを弾く時にもいい影響があったのかもしれない』って思って、それから毎日するようになった。身体が硬いとピアノの音も硬くなるって、本当にそうだと思う。手首と腕が柔らかくなっていると、気持ち良く弾けるし」
「タリアフェロの本って?」
四季は少し考えて、本棚から一冊の本を取ってきた。
「最初からタリアフェロのピアノへの座り方や弾き方を学ぶと、大変なことのように感じてしまわないか、心配だけど。でもピアノを純粋に楽しみたいなら、タリアフェロの考え方にふれてみるだけでもいいと思う」
「借りていいの?」
「うん。時間がある時にでも読んでみて」