時は今
クセのない、長い黒髪を無造作に束ねた男が、白王高校の校舎の前に立ち、音楽科から聴こえてくる歌声に上をふり仰いだ。
背が高い。ゆうに180センチはある。耳には数個のピアス。サングラスをかけ、アジアンテイストの柄のストールを斜めに羽織り、腰で締めている。
顔は日に焼け、明らかに日本人ではない顔立ち。
「シノブ…」
呟くと、男は歩き出した。校舎に入ってゆく。
生徒たちは何事かとその異人をネタにひそひそ話が飛び交う。
「うわ何?業界の人?モデル?」
「カメラマンかなんかじゃねーの」
「文化祭ので、どっかのクラスが呼んだとか?」
そんな他人の話にも、どこ吹く風といったていの男は、しばらく校舎内を歩いていたが、やがて廊下を歩く生徒のひとりを呼び止めた。
「シノブ、知りませんか?」
「え、えっ?し、しのぶ?」
呼び止められた生徒は驚いて、目をぱちくりさせる。
男はなおも問い詰めた。
「シノブ、知りませんか?私みたいな黒髪の。歌が上手いとききました」
歌が上手いシノブといえば、思いつくのはひとりしかいない。
「あの…2年の揺葉忍さんのことですか?先輩です」
「おー、ユリハシノブ。その子です。お暇ですか?案内してください」
「は?…はぁ」
屈託なく明るく案内してくれと頼まれ、その生徒は首を傾げながら、音楽科2年の教室に異人を案内した。
「この教室ですけど」
「私、入っても、平気ですか?」
「え、ええっと…」
生徒は躊躇った。
そんなことを聞かないでくれという感じである。
仕方なく、そっと教室の戸をあけ、中にいる生徒に話しかけた。
「あの…。揺葉先輩、いますか?」
放課後の音楽科の教室には既に四季も来ていて、生徒たちの目はその1年生に注がれた。