時は今



 生徒会の仕事もとりあえず一段落した由貴も、今日は音楽科の教室に来ている。四季や忍と一緒に話をしていたが、1年生に向かって答えた。

「忍なら、いるよ」

 生徒会長の由貴の顔を見ると、1年生は「助かった」というような顔をした。

「生徒会長。あの…。ちょっと」

「何?」

 由貴は察してその生徒の方へ歩いて行く。

 教室の戸口に立つ、1年生の向こうに長身の異人がいるのを見て、由貴も驚いた。

「この方は?」

「わかんないんです。廊下を歩いていたら『シノブ、知ってますか?』って声をかけられただけで。先輩ですって答えたら案内することになっちゃって」

 由貴は表向き不信感は抑えながら、異人に尋ねた。

「失礼ですが、揺葉忍さんとはどういうご関係の方ですか?」

 異人は日本語に堪能なようで、すぐに理解したようだった。

「私はシノブの父です。久しぶりに日本に来たので、懐かしくなり、シノブに会いに来ました」

 さすがの由貴も、瞬間、思考が止まる。

(──忍の父親?)

 忍が小さい頃に、忍の母親と忍とをほったらかしにして、何処かへ消えてしまったという。

 自分の判断ではどうにもならない気がした。忍に話してみなければ。

 ゆっくり首をめぐらせ忍を見ると、由貴は忍に声をかけた。

「忍。お父さん、だって」

「え?」

 忍も「何の話?」というような表情でいる。由貴はもう一度、伝えた。

「忍のお父さんだって言ってる。忍、顔、覚えてる?」

 忍のお父さんと聞いて、四季も動揺したようだ。

「忍、お父さんが訪ねてくる心あたり、あるの?」

「ないわ。知らないわ。父親の顔なんて」

 忍は突然に訪ねて来た父親の存在を、心のどこに居場所を作ればいいのか、わからないという表情でいたが──やがて、立ち上がった。

 由貴と1年生のところへ歩いて行く。

 父親だという人の顔を見て──この人か、と思った。

「揺葉忍です。あなたの顔は覚えていないので『初めまして』」

 静かな言葉が、忍から発せられた。



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