時は今
忍の顔立ちはどちらかというと母の葵の影響が大きかったのか日本人寄りでもあったが、目の前にいる異人が父親だと言われてみると、確かに、と思われるくらいの目鼻立ちはしていた。
「ヴェンツェル・フェールです。名前はわかりますか?」
異人はにこやかだ。ヴェンツェル──名前も聞いたことはない。
忍は「わかりません」と返事をした。
「母も私もほったらかしにして、何処へ行ったのかもわからない人のことなんて、知りません」
忍は冷たかった。
言葉に拒絶の棘を感じとったのか、異人は表情を改める。
「…私は会いたかったです」
「……」
「忙しいですか?それなら学校が終わるまで待っています」
「……。お帰りください」
忍は俯いた。
父親がいなくて、母親がしょっちゅう家の中で父親のことを罵倒していたことを思い出した。
罵倒したって、こんな人間には母親の気持ちはこれっぽっちも届くはずもないのに。
忍にはだんだんその言葉が、父親ではなく自分へ対する言葉かもしれないと思うようにもなったのだ。
「…シノブ」
忍は宥めるように触れて来ようとする父親の手を拒否した。
パン!
忍の手が、ヴェンツェルの頬を叩いていた。
「私の気持ちも母の気持ちも知らないくせに!あなたと話すことなんてない!」
こんな言葉を発する揺葉忍なんて見たことがない。
音楽科の教室はしーんと静まり返り、忍はヴェンツェルの横からすり抜けて、教室の外に出ていってしまった。
「忍!」
「シノブ!」
四季とヴェンツェルが同時に声を発して、四季は忍を追いかけようと、ヴェンツェルの横を通り過ぎようとする。
ヴェンツェルが四季を呼び止めた。
「シノブのボーイフレンドですか?」
「──失礼します」
四季は軽く礼をすると、忍を追って行った。
*