時は今
ヴェンツェルは箸を置くと、忍の顔を真っ直ぐに見た。
「私もシノブの言っていることはわかりかねます。共に過ごした時間は短く、私にこうして再び会えるまでの間、シノブが経験を積み重ね考えてきたことは、簡単にわかるはずもない。…ですが、シノブが私の子だという事実は変わらない。それで私がシノブに会いたくなったという気持ちも」
「……」
「シノブは家族を選んで愛するのですか?」
いきなりヴェンツェルの話が飛躍したように思えた。少なくとも忍の価値観ではわかりようもない言葉をヴェンツェルは発した感じがしたのだ。
この人は、痛みを感じてはいないのだ。母が女手ひとつで忍を育ててきた苦労を労るような気持ちはない。そうでもなければこんな言葉は出てこない。
「──人ひとりを育てたことがあるんですか」
その苦労を背負っての言葉なら忍にも理解の範囲内だ。
ヴェンツェルは「わかりません」と答えた。
「私に『育てられた』と思う人は、或いはいるのかもしれないし、いないのかもしれない。でも私は人は必ずしも血が繋がった者に『育てられる』ものではないと思っています」
「……」
「それでもシノブが自ら考え、得たものは、今のシノブを支えているのではありませんか?」
忍はシンプルに考えをめぐらせた。
ヴェンツェルの言っていることは理論的にはわかる。わかるが。
「あなたの言っていることは理解はしました。…ですが、それだけです。あなたが家にいないわけがようやくわかりました。お話はもういいですか?」
忍はすっと立ち上がった。四季は驚いたように忍を見る。忍は落ち着いた声音で言った。
「四季、帰りましょう」
「…え」
立ち上がった時の忍の潔さのようなものに圧され、四季も条件反射のように立ち上がってしまう。
「──忍」
「それでもあなたは父です。ありがとうございました」
忍はぺこりとお辞儀をした。ヴェンツェルは言葉を失う。忍は伝票を取るとレジに向かって歩き出す。
「忍」
四季はヴェンツェルを気遣うようにもう一度ヴェンツェルの方を見たが、忍は振り返らなかった。わずかな未練もなかった。