時は今
四季と忍が家に戻ると、その日は休みだった早瀬が家にいて、本を片手にくつろいでいた。
「ああ、おかえり。……どうしたの」
四季の傍らにいる忍の顔を見て、早瀬は心配げになる。──泣きはらしていたので。
「…ただいま」
四季のあとに続いて、「ただいま、お母さん」という忍の声。
早瀬は眼鏡を外すと、読んでいた本を置き、立ち上がった。
「部屋に鞄、置いといで。何か飲むかい?作るよ」
四季は「紅茶」と答えた。忍の分も、というように。
忍は早瀬の目にも、今は何を問いかけてもまともな反応は返っては来ないだろうという表情でいたので、早瀬も四季の言葉に頷くと台所に行ってしまった。
忍は自分の部屋の前まで来ても、まだ心は別の場所にいるようだった。
四季に「大丈夫?」と問われて、ああ、家に着いたのだと初めて認識したように四季を見た。
四季は忍の頬にキスをした。唇の傷がまだ痛々しかったから、痛まないように。
肌が触れているとほっとする。忍は何か──四季を生まれて初めて見る人のように見つめた。
四季が「何?」と問いかける。忍は言葉の代わりに目を細めた。
(私が今ここにいて四季を目に映しているのは何故)
心が人という器に結ばれて存在する意味。
「私があの人に『ありがとう』と言ったのは、私が四季と出会ったからなの」
ヴェンツェルが葵と出会っていなければ、自分は四季とは出会ってはいなかったから。
忍の言葉に、四季の方も納得したような表情になった。
ヴェンツェルを拒否しているはずの忍が「ありがとう」と言葉にしたことが何に対してだったのかが理解出来たからだ。
「子は親を選べないというけれど、それで無条件に親には感謝するものという理屈は少し間違ってる気がする」
四季の言葉に、忍は不思議そうに四季を見上げた。
四季は忍を元気づけるように言った。
「その親に『ありがとう』と言えるのは、子の方の力かもしれない。親にも子は選べないから」
忍は重荷に感じていたものを四季が払い落としてくれたように感じた。
「私、感情的にはあの人には感謝していないのよ」
「うん。忍の言っていることが事実なら、僕が忍の立場でもあの人に『片親だけに苦労させて、あなたはいったい何をしているんですか?』って思うから」