時は今
『その父親、本当に父親なの?何か身分証明書みたいなものは持ってた?』
「ええと…パスポートは。ヴェンツェル・フェールという名前で」
『ヴェンツェル・フェールね…。まあ、名前は確かに当たってはいるわ』
「どうしますか?」
『あたしがそっちに行くわ。本物の父親かどうかもわからないうちから歓迎したらバカだしね。それに、うちに今その父親が来たら、忍が落ち着くどころじゃなくなっちまうわ』
「よくわかりませんが、揺葉さんとお父さんはお話を?ヴェンツェルさんは四季くんと話したとは言っていますが」
『そうだね。何でも、放課後、音楽科のクラスで文化祭の練習をしようとしてたところに四季やら由貴やらが集まっててさ。そこに父親が訪ねて来てね。父親が忍と話したいからって言うもんで、四季も一緒にっていう形になったらしいんだよ。で、学校から出て料亭で少し話をしたらしい。けど、忍にしてみれば、あの父親は母親に苦労をかけっぱなしの男のイメージじゃないか。その上、実際に話をしてみても、父親が今まで家のことを顧みもしなかったことに対する申し訳ない気持ちっていうのかね、それが全然見えないもんだから、腹が立って、父親を置いて四季と帰って来たらしいんだよ』
「…なるほど」
『あんたはヴェンツェルの気持ち、わかるかい?悪いけどあたしにはわかんないね』
「いえ…。私にも、ヴェンツェルさんの気持ちはわかりかねます。男の中にはそういう人もいますが、妻だけにひとりで子供を育てさせるというのは」
『だろ?幾ら生き方の自由、個人の自由があるって言ってもさ。…まあいいわ。起こってしまったことを、あたしらがガタガタ口出すようなことでもないし。ただね、あたしは、これから将来的にも綾川の家の人間として生きるかもしれない忍の人生を、こんな軽はずみにしか思えないその時その時の親の都合で引っ掻き回して欲しくないんだよ。それでその親のことで忍が情緒不安定になったって、親は良心の呵責なんてのもないんだろ?いい迷惑だわ』