時は今
「…なかなか一緒に練習出来ないね」
今日は一緒に練習出来ると思ったのに、というていで樹が吐き出した。
雛子はいっそ諦めにも似たさっぱりした表情で、歌を軽く口ずさみながら衣装を仕上げにかかっている。
「みんな雛子を妬んでいるのよ。今度は揺葉忍のパパ?雛子が美しい歌で四季くんと共演するのをそんなに邪魔したいのね!」
樹もいっそ、あんぐりと口を開けてバカのように立ち尽くそうかと考えた。
「雛子、お前さ、毎回毎回よくそんな女王様なセリフ思いつくよな。才能じゃなきゃ天然だよな」
「あなたもよく毎回毎回懲りもせず、ツッコミ役してくれるわよね。お疲れさま!」
「おー、樹、雛子に突っ込んでるのか?」
野次が飛んで、樹はしらっと切り返す。
「女王様にそんなこと出来るわけないっしょ」
雛子はじろりと樹を睨み返す。
樹は平手が飛んで来ないようにディフェンスした。
「今の、最初に振ったのは俺じゃないからな」
「雛子じゃねぇ?」
「振ってないわよ!」
おー、樹を振ってないんだって、じゃー出来てるわ、と言ってゲラゲラ笑っている。こういう話が面白いという感覚に雛子はついていけない。
関わりたくないので、雛子は衣装を持って席を移動すると、持田公紀のそばに行った。
「あの人たち、雛子、つき合い切れないわ。持田くん、歌って」
「…え」
黙々と衣装を作っていた公紀は、急にそんなことを言われて戸惑った。
「歌うって、今?」
「うん。歌、良かったわ。どうせ練習でも歌わなきゃなんだし、歌って」
公紀ははにかんでいるようだったが、小さく歌い始めた。
小さいが、やはり綺麗だ。
公紀の歌声にゲラゲラ笑っていた男子たちも静かになる。
近くにいたほのかと杏も綺麗だなと思って聴いていたが、やがて公紀の歌声にハモり始めた。
ここがこのクラスのいいところではある。いいと思えば自然に音楽に乗って来てくれるのだ。
樹も歌い始めながら、頭の中で本番のシミュレーションをする。
由貴は高遠雛子や丘野樹、音楽科のクラスメイト全体の雰囲気を見て、雛子のことを最初は強烈にきつく感じていたものが、だいぶ和らいでいるような気がした。
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