時は今
「あたし、ちょっと出かけて来るわ」
かかってきた携帯の通話を終えて、急に用事が出来たように軽く化粧をして出かけようとする早瀬に、四季と忍は何事かと思う。
「出かけるって仕事?何かあったの?」
早瀬は頭の中を整理するようにちょっと考えて、簡潔に言った。
「ヴェンツェルさんに。さっきの電話は隆史。何か、忍のことを知りたくて、学校まで来ていたみたいよ。偶然隆史が声をかけてみたらヴェンツェルさんだったわけよ」
忍は一瞬瞠目したが、あの父親ならその行動も考えられなくはないと思った。
早瀬は、忍の肩にぽんと手を置く。
「とりあえず、あんたは何も心配しないで文化祭のことでも考えてな。あんた、この先も綾川の家の子でやっていくつもりなんだろう?」
忍ははっきり頷いた。
「はい」
早瀬も力強く微笑み返す。
「いい返事だ。──四季、何かあったら電話するから」
「うん。お父さんかお祖父様には伝えた方がいい?」
「そうだね。聞かれたら。あたしが帰って来てから、まとめて話した方がわかりやすいだろうし」
「わかった」
早瀬は出かけて行き、四季と忍はふたりになる。
いつもだとふたりきりになると甘い雰囲気にもなるのだが、今日は状況が状況なので気分的に落ち着かない。
「…忍」
「うん。何だか落ち着かないわ」
四季が今の忍の心情を推し測るには困難なものがあった。
父親は消息不明、母親とは一緒に暮らしてはいるものの、その母親も家には不在がち──。
そんな家庭に育ち、偶然ヴァイオリニストの桜沢静和に出逢い、紆余曲折あって桜沢静和の恋人になり、桜沢の家に住むようにもなった折、静和を事故で失ってしまうという。
その1年後に四季は忍と出逢うことになるのだが。
「忍は、もし、またご両親が揃うことがあって、忍と暮らしたいって言ってきたらどうする?」
四季は不安に思っていたことを口にした。
忍には綾川の家にいてほしいのだが、その可能性もなくはないのだ。