時は今



 由貴は信じられないような気持ちだったが、猫の『桜沢静和』から伝わってくる言葉は、由貴には疑いようもなく『事実』だった。

「俺に…ヴァイオリンの『春』が聴こえたり、こうしてあなたと話が出来たりするのはどうして?」

『あなたは、誰か身近に亡くされたことが?』

「え?」

『亡き人に思いを馳せることは?己の心が痛むほど身近に死を感じたりすることでもなければ、普通の人間はそれほど死に敏感ではない。こうして死者の声が聴こえるということもないはずです』

「──」

『心を詮索するような話し方になっていたら、申し訳ありません。あなたの個人的なことを聞き出したいわけではないので、お許しください。ところで、綾川四季くんにも僕の姿が見えるようですね』

「四季にも?」

『はい。実はあなたについて四季くんの家まで行ってみたのです。彼は身体が強くないと聞きましたが、普段から死について深く考えているようなことが?』

「…わからない」

 由貴は表情をくもらせた。

 四季は体調が思わしくなくて眠っている時でも、ほとんど自分のことは話さない。

 そういえば四季はそんな時、何を思いめぐらせているんだろう。死についても考えたりするんだろうか。

「四季は何も言わないけど…。たぶん四季はひとりでそういうこといろいろ考えているのかもしれない」

 ──それで、自分は四季の口からそういう話をされるのが怖いだけなのだ。

 だから、聞けない。

 情けない。

 もしかしたら、四季はそれを知っていて、そういう話をしないようにしてくれているのかもしれない。

 母親を亡くした時の自分をいちばんよく知っていて近くにいてくれたのは四季だから。

「俺、小学校の時、母親亡くしてて、その時にピアノ弾けなくなって…。で、四季も身体弱いから…。死について考えるなって言われても無理な話で──」

『──』

「うん…。俺、失うことが相当怖い人間だと思う。怖いっていうのか──失って心にぽっかり穴が出来るようなことは、ない方がいいっていうのが本音。それでも死はなくならないから、無理な話なんだけど。バカだよね」



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