時は今
四季の家に向かって歩いている途中、由貴は名前を呼ばれた。
「由貴?」
「…え。あれ?四季」
通りすぎたバス停の方から四季が走ってきた。
「おかえり。どこ行くの?」
「見てわからない?」
「ここに行くと僕の家に着くよ」
「そうだよ」
そういえば白王の制服と輝谷の制服を着たままで、仲良く外を出歩くなんてことは滅多にない。
何となく可笑しくてふたりは笑いあってしまう。
帰りが一緒になる偶然は初めてだ。
「いつもだいたいこの時間?」
由貴が聞くと、四季は頷いた。
「由貴の高校よりは授業数少ないから早く終わるんだけど、輝谷までは時間がかかるから。バスに乗っている間の時間まで入れると家に着くのは同じくらいになるのかな。この時間帯になると白王の制服の子もバス停で見かけるから、そろそろ由貴も帰る頃かなって思ったりするよ」
「ふーん…」
四季は学校の鞄の他に楽譜用の鞄を持っている。今日は由貴は楽譜を手に持ったままだ。
「楽譜、大きいよね。このサイズの鞄探しても手頃なのってなかなかない」
「あれ、由貴、持ってなかったっけ?」
「ああ…。あるんだけど、お母さんが作ってくれた鞄なんだよね」
困ったように由貴が答えた。
小学生の頃は持ち歩いていても違和感を感じなかったのだが、男子高生がキルトの鞄を持っていたりすると、さすがに少し恥ずかしいのである。
「四季の楽譜の鞄、どこで?」
制服にも合う品のいいシンプルな黒のバッグ。ロゴにハルモニ・オン・ザ・ヒルという英字。
「ああ、これは糸井硝子さんのお店の。涼ちゃんの叔母にあたる方が持っているブランドなんだけど。モデルが涼ちゃんだからなのかわからないけど、ピアノ関連のものが時々出てる。実際に使いやすいよ」
「え?四季は前からブランドチェックしてたの?」
「ううん。涼ちゃんに出会ってから。桜沢静和の妹だし、こんな子がピアノ弾いているんだと思って、涼ちゃんの載っている雑誌見て…。そしたら、こういう鞄なんかも見かけたから、糸井硝子さんのお店に行ってみた。きっかけがないとああいう雰囲気のブランドのお店って足を運んだりすることはないから、何だか新鮮だったよ」