時は今
クローゼットの前で着替えていた四季は、着替え終えて、クローゼットを閉じると机の前に座った。身体は由貴の方に向けて。
「由貴、さっきの猫と特定の場所で会話でもしてきたの?」
四季の眼差しは落ち着いていて別段『由貴がおかしくなった』と見るふうでもない。
由貴がそういうからにはそれなりの理由があるのだという信頼の方が勝っているのである。四季の中では。
四季の眼差しを見ていると由貴も安心した。四季になら話しても大丈夫だ。
「あの猫──ある人なんだけど」
「人?」
「そう。桜沢静和」
短く名前だけを答えると、四季は一瞬言葉を失った。
「…どういうこと?」
「未練という言い方はしていなかったけど、静和さんには彼女がいて、その彼女がどうなってしまうのか心配しているみたい。揺葉忍という人なんだけど。それで猫の姿になってここにまだ存在しているというか」
「彼女…。そう。なるほどね」
心情的には納得がいったのか四季は大袈裟に驚きはしなかった。
「揺葉忍って、もしかして僕のひとつ上の学年の人?声楽とヴァイオリンで、その名前を聞いたことあるんだけど」
音楽に関しては四季の方がよく知っている。
「有名な人?」
「そうだね。本人が名器だと言われるくらいには。生では聴いたことないけど、歌もヴァイオリンも良い」
「…そうなんだ」
揺葉忍──実際にいる人なのだと由貴は認識する。
それが本当なのだとしたら、あの猫の姿の桜沢静和のことも実際に起こっていることなのだという線が強くなってくる。
「あの猫、四季にも見えたんだよね?」
「え?うん」
「桜沢静和さんが言うには『誰にでも見えるものではない』んだって。その猫の姿は。でも、人の生死についてとか、身近に起こる人の死についてとか、そういったことについて考えたりする人の中には『視える』人もいるんだって」
言われて、四季は普段自分が思考していることを思い返すように、窓の外に目をやった。