時は今
静和の物腰は生前に感じられた桜沢静和のそれと変わらない。
穏やかな明るさの中に育ちの良さが漂う。それは何処か四季にも共通する部分がある。
静かなのに深刻ではないのが、由貴にはいいことのように思われた。
「差し支えなければ、腕に抱いても?」
四季が猫の静和に問いかけた。
雨で地面が湿っているのだ。動物も雨に濡れたり泥で汚れたりするのは気持ち悪いかもしれない。
静和が躊躇している様子で四季を見ると、四季は言った。
「僕達は靴を履いているけど、静和さん、そのままだと冷えるんじゃないかと思って。ぬかるんでいるところもあるし」
『──想像力がありますね』
静和の言葉に四季の申し出を拒否する気配はなかった。
四季が静和を腕に抱くと、静和はおとなしくすんなりとその居場所におさまった。
『ありがとう。亡き者になってから、忍以外にこうして触れてもらったのは、初めてです』
由貴は静和に尋ねた。
「忍さんは、その後、あのまま…?」
『ええ。──そういえば、気になることがひとつあります』
「何ですか?」
『忍は時々覚醒することが。忍が目を覚ましていて私と話している時は、この猫の姿ではないらしいのです』
「忍さんには静和さんは人の姿でしか見えないということ?」
『そうです。それで、たぶん、そろそろ忍が目を醒ましそうな予感がするのですが』
「え…。そんなのあるんですか?」
『何と言えばいいのか…。たとえば家の中にいて、あれ、何処に行った?と物を探す時がありますよね。眼鏡であったり、新聞であったり…。近しい人だとそれが何だと言わなくても、これ?と眼鏡を渡されたり、新聞を見つけてくれたりするという。忍から言葉でそう伝わってくるわけではないのですが、忍が目を覚ます時というのは、私には何となくわかるのです』