時は今
「降りるって…」
忍はむしろ地上に足をつけることが恐怖であるかのようだった。
地上──現実の世界は大事なものをことごとく奪っていった場所だからだ。
「──いや」
『忍』
静和も弱ったように宥めるような語調になった。
本人が拒否しているのでは、どうしようもない。
忍は何故か白王の制服を着ていた。それも女子の制服ではなく、男子の。
由貴は忍に訊いてみた。
「忍さん、それ、俺の学校の制服と同じですよね?」
少しでもこちら側と繋がりがあるものがあれば、忍を繋ぎとめる手立てになるのではないか──由貴はそう考えた。
忍は静かに答えた。
「この制服は──静和の」
「どうして静和さんの…?」
「男の人が近づいて来ないと思って」
男性に対して強い警戒感を持っているような表情だった。
忍はそれを着ていることが安心するのか、確かめるように制服に触れ、自分を抱きしめた。
由貴のそばで会話を聴いていた四季は、忍の表情を察し、由貴の腕を引っ張った。
「──由貴、やめておこう」
「え?」
「彼女、怖がってる」
「…でも」
四季は忍の方を見ると話しかけた。
「──ごめんね。たぶん、静和さんといる時間が大事だったんだよね」
忍が、また見えない誰かを探すように辺りを見回す。声だけは聴こえているのだ。
「あなたは誰?」
「僕は由貴の従兄の綾川四季です」
「……。…ピアノ弾く人?」
忍の言葉は、桜沢涼が初めて由貴と四季に会った時に、四季に訊いた口調とよく似ていた。
四季は微笑んだ。
「ふふ。忍さんも涼ちゃんと同じこと言ってる」
「女の子と話をするなら四季の方が適任じゃないの?」
由貴はちょっと面白くなさそうに呟いた。──怖がられてしまったので。
忍は少し警戒心を解き、声だけが聴こえるふたりに言った。
「…ごめんなさい。本当に見えなくなっているの」
由貴は少し考えて、言った。
「怖いの?──見えないのが?男の人が?それとも、その他の何かが?」
「──全部」
忍は言葉にし始めた。
「自分よりも力の強い人に執拗に追いかけられたら、怖い。打ち解けて欲しいって、どうしてそこまで?土足で人の心に上がり込んで、平然と、お前は俺の言うことを聞くべきだって。私には静和がいるのに」