時は今



 ストーカーか?

 由貴と四季は思い至る。静和が言い添えた。

『忍の周りにそういう者がいたのは確かです。現に私が危険な目に会っていますし、おそらく、このようなことになっているのも』

「……」

『重い話ですみません。ただ、忍がまだ生きられるのなら、私は助けたかったので』

 忍が他人事のように言った。

「重く感じるなら、今日のことは見なかったことにして、忘れて」

 由貴は忍のその言い様に真っ直ぐに言った。

「あのさ。静和さんが忍さんのこと心配してるのに、忍さんはどうしてそんなにあっさりしてるの。何か不当に虐げられたことがあったのなら、怒ってもいいんじゃないの」

「──怒っても静和は戻って来ないもの」

 悲しみや怒りや慟哭や──そういったものはあったはずなのに、もうその感情すら何の役にも立たなかったという虚無感の上に忍はいた。

 一番大切だったものはもう戻っては来ない。

 由貴は言葉を失ってしまった。

 その気持ちは──由貴が過去に経験したことのあるものだったからだ。

 お母さんはもう戻っては来ない──。

 言葉を途切れさせてしまった由貴の表情に気づいて、四季が言った。

「それなら、大切な人を失って未だに答えが出ないまま生きようとしている人は、生きていても意味がないの?僕はそうは思わない」

 忍が少し興味を惹かれたように、四季の声がする方に視線を向けた。

 四季は穏やかに言った。

「生きることが出来る可能性がある時は、生きる選択をしておけばいいんじゃないの。人はつらいことがあると死の方に心が傾くこともある。そんな時に生きることを説得されてもつらいだけで、判断を迫られても無理なこともある。でも、生きておけば、しばらくして状況が好転した時に、自分の目の前に無数の選択肢が存在することを知る時もある」



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