時は今
忍は虚ろにわずかに目を動かしただけだった。
だが、四季の語る言葉に他者の意図の介入は感じなかった。
誰かの手のひらの上に遊ばされているような生かされ方はまっぴらだ。
四季の言葉は忍の心を軽くさせた。
「──ありがとう」
忍の口から出てきたのはそういう言葉だった。
「ここを訪れて来てくれた、あなたと、もうひとりの人は、そういう気持ちになったことがあるのね」
「うん。経験から来る共感は安心する?」
「口先だけは体よく上手いことを言って、思惑通りに物事を運びたいだけの人間の意図には沿いたくないの。そういう気持ちになったことがある人の言葉なら、私もいつか、今あなたが言っているように考えることも出来るかしらって思ったりもするわ」
あらゆることに麻痺してしまったような感情のない面差し。
由貴も四季も忍の言葉の片隅に、生きることが出来るならという感情があることに気づく。
「確かに、そういう他人の意図が何処か自分の思うところとはズレた方向性を持っているのかもしれないと感じてしまうと、その意図と命運を共にするのは不本意だよね」
だが、人にそれぞれの心がある以上、自分の心が常に時の本流に沿っていくものとは限らない──。
忍は傍らにいる静和を見た。
「静和には、ふたりの姿が見えるの?」
自分には見えないものを確認するには、他の人間に聞いてみるしかない。静和は肯定した。
「見える。彼らは生きている。それから忍、君も」
「私には何故見えないの」
子供のような純粋な疑問を忍は口にした。
「ふたりの声は聴こえる。理解も出来る。もし私が今まで生きていた私の世界を拒絶しているのなら、私にはふたりの声も聴こえなかったかも」
四季が端的に言った。
「本当かどうかはわからないけど、人間の五感で、聴覚だけは最後まで残る感覚だと聴いたことあるけど」
忍は目を閉じ、何か思いめぐらせているようだったが、再び開けた。
「そうね。確かに聴覚は最後まで残る気がする。本当のことはわからないけど」
偶然にも、音はこの場に居合わせている、由貴、四季、静和、忍の全員に共通して大事なものだった。