時は今
忍の方も急に普通の人間の体温に触れて驚いたのか、電流でも走ったかのように、ぱっと手を引っ込めた。
「──熱い」
忍は呆然と呟き、前を見る。
自分の前に誰かが立っているとをおぼろげに認識した。
「──あ」
すっとした首筋の輪郭。育ちの良さそうな男子がこちらを見ていることに気づいた。姿勢が良いからだろうか、佇まいが綺麗だ。
「見える?」
忍の視線が真っ直ぐに自分に向けられていることに気づいた四季は、そう声をかけた。
「見える」
はっきり答え返すと、四季は安堵したように言った。
「そう。…良かった」
忍は四季の傍らにも目をやる。四季と顔立ちの似た男子が立っていた。
「俺も見える?」
四季ほど愛想が良いわけではないが、真面目そうな雰囲気を持った彼は、そう忍に声をかけてきた。
「…見える」
忍は答えて…不意に静和のことが見えなくなっていることに気づいた。
「静和」
目を瞠り、その姿を探す。
今にも泣き出しそうになっている忍を安心させるように、かすかに触れてくるものがあった。
一匹の猫が忍の足元にいて、前足で忍の靴を撫でていた。
「……」
身動ぎが出来なくなったように忍は足元の猫を見て、やがて猫の瞳を見つめた。
「静和?」
『どう見える?』
猫から声ならぬ声が聴こえてきた。
音声として伝わってくる声ではなく、思っていることが伝わってくる感じの──。
「猫の姿に見える」
忍は答えた。
由貴と四季はその答えに安心する。視ているものが自分たちと同じだったからだ。
冷えた指先が猫を抱き上げた。猫は忍の腕の中に収まった。
「…あたたかい」
忍はそう言葉を漏らし、だが、猫の姿になってしまった恋人のその温度が、さっきふれた四季のそれとは同じものではないと悟る。
さっきふれたものは生気だ。
心もとないこちらとあちらの狭間にいる自分には、それが強く感じてショックだったのだろう。
忍の手にふれた四季の方も、その手の温度に危惧するべきものを感じた。
「──忍さん」
呼びかける声に忍はゆっくりと目を上げる。
四季は穏やかに問いかけた。