時は今
由貴にはさほど考え込むようなことではないような気がした。音楽に生きている四季には桜沢静和や揺葉忍の存在は小さくはないだろうから、思うところあるのもわかるような気がしたが──。
だが由貴は由貴で、四季ほどは音楽に生きているわけではない自分が、何故桜沢静和や揺葉忍の声を聴きわけることが出来るのかと、それが疑問だった。
「静和さんが言っていたんだけど…。人の死について深く考えるようなことがないと、自分の姿は見えなかっただろうみたいなこと言われて…」
「うん?」
「俺、だいぶ立ち直ったつもりでいたから、少し…ショックだった。まだ心の何処かでお母さんのこと引き摺ったままでいたのかって」
コントローラーを持っていた四季の手がしばし止まり、由貴を見た。
「由貴、大丈夫?」
どうにもならないことを言葉にしている由貴の気持ちは、どうにもならないとわかっていながらそうなってしまうということを、四季は受け止めているようだった。
四季は時計を見た。
「由貴、何か作ろうか?」
「作るって何を?」
「夕食。由貴、お腹空いているから元気になれないのかも?」
「俺、そんな単純なの」
「ふふ。そんなこと言ってないけど」
四季は立ち上がるとキッチンの方に歩いて行った。
四季だけをキッチンに立たせるのは気が引けたのか、由貴も気になって歩いて行く。
「俺も作る」
「由貴と一緒に料理とか久しぶり」
ふたりは夕食を作り始めた。