琥珀色の誘惑 ―王国編―
僅かな風に砂が巻き上がり、ふたりのトーブの裾をはためかせ――。

ヤイーシュは手に残した鞘を、勢いをつけて砂上に突き刺す。

その瞬間、ミシュアル王子が動いた。飛ぶようなステップで間合いを詰め、剣を上から振り下ろす。鋼のぶつかる音が砂漠に広がった。

ヤイーシュは三日月状に反り返ったの背で、刃を滑らすように受ける。体格はミシュアル王子のほうが一回りは大きい。だが、ヤイーシュも平均的に言えば大柄なタイプだった。

ふたりが踏み締める足元からは砂塵が立ち昇る。

一旦、離れ……再び、今度は同時に飛び掛かった。



八年前、ミシュアル王子が砂漠に逃げ込んだ時、幾度となく刺客に命を狙われた。ベドウィンの少数派部族には強盗や暗殺を請け負う者たちもいる。そういった連中を何人も送り込まれ……。

部族間の激突に発展しそうになる寸前、ミシュアル王子は誰も踏み入ろうとしない“空虚な一角”と呼ばれるアブル砂漠の中央を突破して暗殺者を振り切った。

それに同行したのが、幼なじみで将来側近になることが決まっていたターヒルと、砂漠で出会ったヤイーシュ。

彼らはたった三人で、窮地を乗り越えた戦友だった。



『ヤイーシュ、正直に言え! お前は私を裏切らん。絶対に、だ。――舞を奪ってはいないと言えっ!』


これまで、剣においてヤイーシュがミシュアル王子に勝ったことは一度もない。それを承知でヤイーシュは向かってくる。


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