弟矢 ―四神剣伝説―

二、見えぬ桎梏

「乙矢殿! 気が付かれたのですね。本当に良かった。前の傷も癒えぬうちでしたから、三日も眠られたままで、心配致しました。もう、起きておられて大丈夫なのでしょうか? ……乙矢殿?」


弓月は心底嬉しそうに、一気に捲くし立てる。女の言葉どおり、彼女に怪我はなさそうで、ひとまずホッとした。

そして、弓月の隣に座るのが……この世で唯ひとり、無条件で信じられる自分の半身。

母の腹に居たときから、共に生きてきた魂の片翼――。


「乙矢……無理は致すな。遅くなってすまなかった。だが、どうにか間に合ったであろう」


一年以上前に別れたきりの、兄の顔だ。それは、東国へ発つ朝に見送った時と、寸分変わらぬ笑顔だった。

乙矢は、張り詰めた心の糸が一気に緩み、そのまま一矢に抱きついた。


「一矢、一矢……良かった……生きててくれて……本当に良かった」


一矢は弟を抱き締め、


「悪かった。肝心な時に守ってやれずに。父上や母上は、残念だった」

「ごめん……俺のせいだ。俺の。誰も助けられなかった。姉上も……。戦わずに逃げ続けた俺のせいなんだ。爾志の名に相応しくない、俺の」

「違う、弱いのはお前のせいじゃない! 私が守ると約束したのだ。責任は私にある」

「でも……俺」


「乙矢殿は弱くなどありません!」


その時、弓月はキッパリと言い切った。



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