弟矢 ―四神剣伝説―
「いや、強くなったわけじゃ……」

「私の名を名乗ったのは、凪殿のお考えと聞いたが……。いささか無茶が過ぎるとは思わなかったのか?」

「それは……でも」

「お前とて爾志家の嫡流、気持ちさえ強く持てば、それなりの剣は揮えよう。だが、そのせいで、二桁もの里人が犠牲になったのだ」

「……」

「遊馬一門の方々は、お前のことをご存じないのだ。瓜ふたつの我らを、混同しても仕方なかろう。だが、お前には言ってきたはずだ。くれぐれも、私のような無茶をしてはならぬ、と」

「……は、い」


弓月は唖然としていた。

凪も同じ気持ちのようで、深いため息を漏らしている。

乙矢は、一矢の前では萎縮してしまい、まるで言葉を忘れてしまったかのようだ。その姿は、借りてきた猫より酷い。弓月の中に行き先のない苛立ちのみが募る。


一方で、凪は自分の策が失敗したことを、改めて悟っていた。

弓月に対して芽生えた想いに、乙矢の中の真実は目覚めつつあった。

男が女を求める感情は、何より強い。たとえ一矢と争っても、弓月を得ようとするはずだ、と。凪はそう考えたのだが……。

どうやら、生まれた時から十八年にも渡る精神的弾圧は、乙矢の心に深く根付き、その心を堅牢な鎖で縛り上げていた。


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