弟矢 ―四神剣伝説―
一矢不在の爾志家も襲われた。

宗主と妻、茜(あかね)、長女、霞(かすみ)が殺され、神剣『白虎』は蚩尤軍の手に落ちてしまう。だが、そこに乙矢の死体はなかった。


気落ちする中、初めて届いた吉報が「爾志家の次男、乙矢が生きている」というもの。


「一矢様にそっくりのお顔で、人からは『おとや』と呼ばれておいででした。丸腰で、町民のような身なりでしたが……」


弓月らは思ったのだ。

それは、敵の目を眩ませるための策に違いない、と。皆も声を上げ、即座に彼を探しに行くことが決まった。ともすれば、一矢が敵を欺くために弟の名を騙っている可能性すら、期待したが……。



父と兄夫婦を殺され、『二の剣』と一対の神剣『青龍一の剣』を奪われた。

挙げ句、反逆者の汚名を着せられ、巧妙に幕府軍を装った敵に追われ続けている。

今の弓月に仕える門弟はわずか三人、長瀬と新蔵、同じく師範代の織田正三郎(おだしょうざぶろう)だけだ。


十七歳の娘に託された神剣の重圧は並大抵のものではない。それでも――命尽きるまで、弓月は戦うつもりでいる。


血気に逸る新蔵を「蚩尤軍と同じだ」と引き止めたが……。本心を言えば、神剣も敵討ちもどうでもよいという、乙矢の気持ちは、弓月には到底、理解できぬものであった。


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