弟矢 ―四神剣伝説―
凪にすれば、再会した一矢の気配はあまりにも変わっていた。凪が即座に気付けないほどとは、相当だろう。

一矢の鋭い剣気はこの一年で、更に凄みを増している。そして、神剣をいとも容易く操ったと聞いた。自分には辿り着けなかった領域に、一矢はついに到達したのだ、と考えれば早いのかもしれない。

だが……。


「皆、一矢どのの帰参を喜んでおります。加えて、眼前で神剣の威力を見せ付けられ、新蔵や弥太吉などは心服しております」


凪の言葉に叱られたと感じたのか、弓月は目を伏せた。


「わかっております。水を差すつもりなど毛頭ございません。しかし」

「弓月どの、苛立ちはよくわかります。ですが、乙矢どのには、もうしばらく時間を上げてはいかがでしょうか? たとえ容姿が似ていても……或いは、神剣も勇者も関係なく、運命の相手はたったひとりではないかと、私は思います」

「なっ……凪先生。私は……」


真っ赤になって抗議しようとした。しかし、弓月は自らを偽ることをよしとはしなかった。静かに息を吐くと、スッと姿勢を正す。


「神剣が選ばぬとも、私にとって、勇者はただおひとりだと確信しております。父上は嘆かれるやも知れませんが」


凪はいつもの笑みを浮かべながら、首を左右に振る。


「何を申されます。兄上は、弓月どのの幸せのみ願っておられました。よもや、反対はなさるまい。いや、仮に反対されても、弓月どのなら易々とは従いますまい」

「凪先生……それは意地悪な言い様です」


十七の娘らしく、はにかんで微笑む弓月だった。


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