弟矢 ―四神剣伝説―
そのあまりに刺々しい口調に、長瀬も厳しい声で真意を尋ねる。


「どういうことだ?」

「一矢様が現れたからですよ。弓月様を一矢様に返すのが嫌になったんだ! 奴は、実の兄を亡き者にして、自分が勇者に成り代わり、弓月様を……」


そこまで口にした瞬間、弓月の右手が新蔵の左頬を打った!

弓月の両目は怒りのあまり真っ赤になっている。


「口を控えよ、新蔵! 『返す』とはどういうことだ? 私がいつ、乙矢殿のものになった? お前はこの私が、許婚がいながらその弟君と情を交わし、不義の罪を犯したと言っているのだぞ!!」

「そ、そんなこと……それは、一矢様の生死がわからなかった時で。第一、弓月様はずっと奴を傍に置かれたではありませんか!? この里に着いてからも、夜毎、奴の枕元に付き添われて……」

「わかった。宗主の代理たる私が信用できぬと言うなら、この場で破門と致す。私のために、命を懸ける必要などない! 今すぐ立ち去れ!」

「そう、ですか。弓月様はあの男に誑かされ、大義も忘れて、ただのおなごに戻るおつもりか! もうよいっ!」


新蔵は叫ぶように言うと、背を向けて走り去った。それを唖然と見送ったのは、弓月らのほうだ。

確かに、新蔵は直情型で猪突猛進の男だが、筋を通して話せば、すぐに襟を正すような男だった。

要するに、口は悪いが根に持つ人間ではない。乙矢のことは、最初は嫌っていたものの、頭から見下した態度が次第に対等なものとなり始めていたのだ。


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