弟矢 ―四神剣伝説―

二、疑惑の勇者

「この里を出る、ということですか?」

「うむ。仕方あるまい。これ以上、里人の生活を脅かしたくはないのだ。我々が里を出たと明らかになれば、連中とてわざわざここを潰しにも来るまい」

「それは……そうでございますが」


弓月は一矢に呼び出されていた。

ちょうど昨日、乙矢と話した場所だ。あの時、乙矢は『何処にいても、どんなに離れてても、俺にできる全力で守る』そう言ってくれた。その翌朝にはいなくなるとは。

あまりと言えばあまりな所業ではあるまいか。

やはり、あの言葉はすべて偽りだったのか、そう思うと胸が潰れるように痛む。


昨日と、ほぼ同じ風が吹き、小川のせせらぎが聞こえ、木々が夏に向かって一斉に芽吹こうとする生命の香りを感じる。

なのに、傍らに一人の人間がいないことが、これほど心細いとは思ってもみなかった。


逆であれば良かった。

先に、乙矢に逢っていれば、間違えようもなかったのに。今更だが、悔やまれてならない。一矢が横にいながら、弓月の心は乙矢で占められていた。


< 211 / 484 >

この作品をシェア

pagetop