弟矢 ―四神剣伝説―
一矢はそんな気配を察したのか、


「乙矢のことなら心配は要らぬ」


弓月はハッとして一矢を見た。


「どういう意味でしょう?」

「新蔵に命じて探索に向かわせた。事を明らかにするためにも、探し出さねばなるまい」


弓月の胸に、不安と憤りが沸き上がって来た。


「新蔵は遊馬の剣士です。仕事を命じる前に、私に一言あるべきではございませぬか?」

「ほう、彼は遊馬を破門されたとしょげていたが……」

「それは……。私はただ、新蔵は乙矢殿に、不満を抱いていたように思います。その状態で、彼に任せるのはどんなものか、と。新蔵は誠実な男だが、いささか短慮な所は否めません」


弓月の乙矢への献身は誰の目にも明らかだ。それが、許婚である一矢をどう刺激するか、このときの弓月は考えてもみなかった。


彼女の口から弟の名が出るたび、一矢の瞳に業火を思わせる感情が浮かび上がる。


今日の弓月は暑さのあまり、サラシを巻くのを怠っていた。

一筋の汗が、弓月の白い首筋を伝った。衿から垣間見える白桃を思わせる胸の谷間に、それは滑り落ちる。


その瞬間、一矢は後ろから弓月を抱きしめた。


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