弟矢 ―四神剣伝説―
その夜、里の中心に置かれた寺の本堂に、里人を始め全員が集められた。

今度は満座の席で、弓月は一矢と対面していた。


前夜まで、自然と一矢の隣に用意されていた席。それが今夜は、一矢の正面に凪が、弓月はその隣に座っていた。


「正三を置いて行く、とは――何ゆえです!」

「我らは蚩尤軍の気を引き、里人の安全を図らねばならない。乙矢……いや、『青龍』を強奪した下手人があれを抱え込む訳はない。剣は既に、蚩尤軍に渡ったと考えたほうがよかろう。奴らの手元には『青龍』が二本ともあるのだ。一度でも鬼と化した者を連れて行くわけにはいかぬ。それとも……弓月殿は鬼となっても自分を守れと師範らに命じられますか?」


一矢の皮肉に弓月は唇を噛んだ。


「そうではありません。しかし……新蔵が乙矢殿を追い、正三まで置いていくとなると」

「心配せずとも、そなたの身は許婚たる私が守ろう」


一矢のいやらしげな口調に昼間のことを思い出し、弓月はぞっとした。

首筋に押し付けられた生温かな唇。一度嫌悪感を覚えると、最早、その男の全てが不快なものでしかない。

弓月は身を竦ませ、白くなるほど指を握り締めた。


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