弟矢 ―四神剣伝説―
宿場の一番外れに遊馬一門は宿を取っていた。理由は、敵に襲われたとき逃げやすいため、である。

乙矢を訪ねた四人から話を聞き、十歳を過ぎたばかりの扶桑弥太吉(ふそうやたきち)は同じく留守を預かっていた遊馬凪に話しかけた。


「凪先生、これからどうするんでしょうか?」

「弓月どのは一旦東国に戻り、打倒蚩尤軍の旗の元に戦士を募ると言っていましたが……」



凪は、弓月の亡き父の弟だ。

『青龍』の主ではないか? と言われたほど、剣術の腕は確かであった。

だが十八のとき病を得て、二ヵ月余り死線を彷徨う。命は助かったものの失明、その時に刀を捨て、医者の道を選んだのだった。

蚩尤軍に襲われた時、里を廻り治療にあたっていた彼は、危うく難を逃れた。後日、逃げ落ちた弓月らと合流したのである。


目は見えぬが、日常生活では全く困ることはない。それ以上に、自分の身を守る術も持っている。三十代半ばになるが妻は娶っておらず、どこか浮世離れした……聖人の風格を漂わす男であった。



「ともかく……ここは敵地の真ん中。地の利もない。味方を得られぬとなれば、一刻も早く立ち去るしかないでしょう」

「それにしても頭にきますよね! 男のくせに、親の仇を討とうともせず逃げ出すなんて。信じられません!」


弥太吉も、新蔵と同じく憤慨していた。


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