弟矢 ―四神剣伝説―
「く……そぅ。早く、上がってくれ……肩が持たねぇ」


急なことで差し出したのは傷を負った左手だった。痛みが増し、肩が痺れる。だが、乙矢は渾身の力で新蔵を引き上げ、二人は崖の上に転がり込んだ。

乙矢は左腕を擦りながら、肩で息を吐く。


カチャ……。

ハッとして振り返ると切っ先が乙矢の喉元に突きつけられた。新蔵が、長刀を抜いたのだ。

乙矢はいい加減逃げる気にもならず、天を仰ぎ見る。


「好きにしろよ。でも、これだけは言っとくぜ。俺がこの手で殺めたのは、弓月殿を狙った蚩尤軍の兵士だけだ」

「嘘を吐くな! お前でなければ誰だと言うんだ? お前が姿を消した夜に二人は斬られ『青龍』が奪われたんだぞ!」


乙矢はハッとした。

落ちる前と後で、なぜか新蔵の言葉に温度差が生まれている。


「じゃあ、その『青龍』は何処にあるんだ? ふんどしの中まで調べてみるか!?」


乙矢はわざと喧嘩腰で挑発した。


「それは……もう、連中に渡したに決まっている」

「だったら奴らの目につかないように、山道……しかも獣道なんか通るかよっ!」

「それは……」

「それに、その二人は斬られたと言ったな。――丸腰の俺にどうやったら人が斬れるんだ? 教えてくれよ」


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