弟矢 ―四神剣伝説―
そこまで考えた時、敵兵の声が上がった。

正三は即座に草むらに隠れ、敵をやり過ごした。そして、見つけた木の洞(うろ)におきみを押し込み、素早く数本の枝を折って被せ、すぐには見えぬようにする。


「俺か、乙矢の声がするまで絶対に出て来るのではないぞ。よいなっ」


一方的にそう伝えると、後ろで纏めた髪を縛り直した。以前は結っていた髷(まげ)も、一年も経てばざんばら髪で伸び放題だ。


「いい男が台無しだな」


小声で呟き、正三は自らの緊張を解した。


そして――長刀の鍔を押し上げ、駆け出した。


風が止まる。まさしく凪の刻だ。立っているだけで全身に汗が噴き出してくる。美作の山中は、まるで蒸し風呂のようであった。
 

そんな中、正三は刀を抜かず、街道に向かって走った。

自分ひとりなら、玉砕覚悟で敵将の首を狙ったであろう。だが、おきみを守らねばならない。そのためには、援軍がいる。


「いたぞーっ。こっちだー!」


なるべく、敵の目を自分に引きつけねばならない。

ぎりぎりの距離を見て、木々の隙間を拭うように駆け抜けた。そんな正三を、甘く見ているのか、それぞれの判断で追いかけてくる。


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