弟矢 ―四神剣伝説―
「お六っ! 無理だ。俺には、誰も助けることなんか」

「自分を売った……ばばあのために、泣けるやつは……あんたくらい、だ。よい奴だ、ね、おと、や」


それきり、お六の口が開くことはなかった。



全部、自分のせいなのだ。

幕府軍とは別に、蚩尤軍と言われる連中が暗躍し、国家の安全装置となっていた四天王家は崩壊した。恐怖政治で外様から幕府は上納金を巻き上げる。当然、庶民の生活は逼迫し、貧富の差は開く一方となり……。

民のためと反抗した心ある藩主の元には、『白虎』を手にした鬼が送りつけられるのだ。

全てが乙矢の責任とは言わない。だが、最も重い部分を負わねばならない彼が、逃げ出したのは事実だった。



弓月には一門の師範が付いている。刀の一本も持たぬ乙矢に、できる事は何もない。第一、彼女は兄の許婚で……。

乙矢は脳裏に弓月の姿を浮かべていた。


月明かりに照らされた肌は、亡き母の持っていた真珠の色によく似ていた。乙矢の目の前で踏み潰され、砕け散った玉の色に――。


胸の奥に響く警告音は、八年前と同じだ。

それは「逃げろ」と言う意味か、はたまた「逃げるな」と言っているのか……乙矢にはまだ、己の進む道がわからず、ただ、立ち尽くすのみだった。


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