弟矢 ―四神剣伝説―

二、鬼の影

わずかに風が揺れた。

一矢は腕を組み木にもたれ、余裕の表情を浮かべる。


「私もたった今、知ったのだ。鬼になり損なった男が鬼に殺された、とな」

「なっ!」


弓月は絶句した。


「嘘をつけ! 正三は、そう簡単にやられたりせぬ! 奴は遊馬師範の中で最強の剣士でござる!」

「いかにも、そうであろうな。織田を殺したのは……『青龍』を手に里に戻った乙矢だと言ったら?」


これには長瀬も言葉が出ない。
 

正三は、明らかに乙矢を買っていた。借りがある、と思っていたせいかも知れない。もし、それを利用されたら? 相手が乙矢なら、正三は黙って斬られる可能性もある。

そこまで考えた時、弓月は頭を振った。


「馬鹿を言うなっ! 乙矢殿は鬼になどならない! 乙矢殿が正三を殺したりは――絶対にしない!」
 

悲鳴にも似た声が、深淵に沈み掛けた森を引き裂く。儚げな白煙を一瞬でかき消してしまうかのような、弓月の魂の叫びだった。


「織田正三郎を殺した鬼は、その場で首を刎ねられ、息絶えたそうだ。首を刎ねたのは……そなたが破門した桐原新蔵だ」

「うそ、だ……そんな」


それ以上、弓月も長瀬も言葉が出ない。


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