弟矢 ―四神剣伝説―
だが、爾志家の誇り、『白虎』の主に違いないと言われた一矢ならともかく、自分が弓月の元に駆けつけて、一体、何をしようというのか……。
 

「乙矢殿。我らのせいで襲われたのではあるまいか? その袖口の血、先ほどはなかった。怪我をされたのですか?」


弓月の声は、信じられないほど優しいものだった。自分自身も窮地に立たされているはずだ。他人を気遣う余裕などあるはずはないのに……。


「……出口は全部塞がれたぜ。夜明けと共に山狩りだとさ。東国に逃がさないため、北と東は特に大軍で固めてあると言ってた。その人数で正面突破は無謀だ」 


本当は山に追い込まれる前に、と弓月に教えられた宿まで急いだが、そこは既に襲われた後であった。

乙矢はそれぞれの追っ手の目を掻い潜り、地元の猟師に教わった獣道を駆け上がり、ようやく追いついたのだ。


心の声が彼に問い掛ける――お前に何ができる? と。


(何も……できない)


一矢が助けに来るのを待つ事しか、乙矢にはできない。

だが、どうしたい? と問われたら……弓月の危機を見過ごすことはできない。迷いながらも、そう答える乙矢であった。


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