弟矢 ―四神剣伝説―
乙矢は右手に神剣を持ったまま、左手で弓月を後方に押しやる。


『白虎の鬼』狩野は、その奇怪な外見に似つかわしい獣じみた咆哮を上げ、乙矢に突っ込んで来た。

体の均衡が狂っているのだろう。狩野は左右に体を揺らしつつ、だが、その足捌きは不規則に速くなる。


そんな鬼を目の前にして、とくに構えも取らず、乙矢は狩野に声を掛けた。


「なんで逃げなかった――次は首だと言ったはずだ!」


――変化は出し抜けに起こった。


乙矢の神剣を掴む指に力が籠もる。小手の筋肉が微かに隆起した。そしてそれは、たちまち全身に及んだ。

それはまるで、薪を重ね、火をつけた瞬間に似ている。

青みを帯びた煙が、乙矢の全身からゆるやかに立ち昇り、澱んだ辺りの空気を祓っていく。そして、乙矢の体内を迸る光が右手に集まり、それは水のように『青龍一の剣』に注ぎ込んだ。


見る間に『青龍』は清らかな青に満たされ――神剣へと変わる。


はじめて見る神剣の神剣たる姿だった。新蔵以外の全員が言葉もなく、その場に立ち尽くす。

いや、新蔵以外にもう一人、狩野もその姿を目にしていた。且つ、神剣により右腕を落とされ、今また――。


真下を向いた剣先が、地表スレスレを這い上がって来た。土煙を巻き起こし、それは喉元ではなく、『白虎』を持つ左腕の付け根を切断する。次の瞬間、狩野の動きは停止した。『白虎』との繋がりを絶てば、元より、命運は尽きている。凪の刀を胸に受けた時点の、狩野は死体に戻った。

 
< 400 / 484 >

この作品をシェア

pagetop