弟矢 ―四神剣伝説―
第九章 吉備山中

一、覚醒の兆し

鬼と化した狩野の姿は、里で暴れた『青龍の鬼』と重なる。新蔵によって、文字通り、首を叩き落とされた男のことだ。


乙矢は狩野を見て思った。奴の右腕を落としたことが仇となった、と。

最早、その肉体に魂は宿しておらず、『白虎』の傀儡に過ぎない。狩野が『白虎』を手に、鬼となっても殺したかったのは自分に違いない。乙矢に向かうはずの怒りが、弓月や凪に向かった。

そして、狩野の胸に突き刺さった長刀で、凪が乙矢らと同じ失敗を犯したことにも気付く。

この時、やり場のない嘆きと憤りが、乙矢の中に渦巻いた。しかしそれは、後悔ではなく……。


「弓月殿……狩野が凪先生を?」


弥太吉は凪に駆け寄り、横から体を支えている。遠目にも、凪の傷は深手に見えた。


「はい。心の臓も動いておらぬのに、こうして襲ってくるのです」


弓月は高円の里の鬼を知っている。乙矢と正三が立て続けに致命傷を与えても、起き上がり襲い掛かってきた。あの時は、『青龍二の剣』を持ち半ば鬼と化した正三が、『青龍一の剣』を持つ男の首を切り落した。

それを見た時、弓月も乙矢と同じく「首まで切らずとも」と思ったが……。

今は、誤りだったと認めざるを得ない。
 

だが、そんなことより――乙矢である。

乙矢が手にする抜き身は、神剣『青龍一の剣』だ。弓月が見間違えるはずのないものだった。

『青龍』を抜いてどうするのか。乙矢は平気なのか。それに、なぜ『青龍』はなんの波動も感じさせないのか――弓月が数々の疑問を尋ねる前に、乙矢が口を開いた。


「下がっててくれ」


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