弟矢 ―四神剣伝説―
三日後、目覚めた乙矢に一矢は言った。


「『白虎』を掴んだ時、確かに聞こえたんだ! 僕が勇者だって。僕は神剣に選ばれた勇者なんだ!」


一矢の声は浮き立ち、瞳は輝いていた。乙矢ではなく、自分が選ばれた。そのことに興奮して喜びを隠せない。


だが、乙矢の胸に一抹の不安が過ぎる。

『白虎』に宿る鬼は、確かに、乙矢にもそう言った。

あれは鬼の声だ、耳を貸してはいけない――そんな言葉を飲み込み、乙矢は兄にこう言ったのだ。


「そうだよ。かずやが勇者に決まってるんだ。僕がかずやに勝てる訳がないよ」
  

忘れよう。鬼の声は聞かなかったことにしよう。本当に神剣を手に戦う日が来るわけじゃない。二度と近づかなければいいだけのことだ。

父に褒められた時は嬉しかった。でも、自分が一矢と同じになれるはずがない。一矢と同じだけの期待を背負う自信はない。四天王家筆頭の義務も責任も一矢が背負えばいい。

だから……忘れてしまおう。

少し――ほんの少しだけ、一矢の瞳の色が変わったことも。大好きな兄が遠くにいってしまった奇妙な感覚も。

そのすべてから目を逸らし、乙矢は逃げた。


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