弟矢 ―四神剣伝説―
見るからに怒りを纏うえんじ色の炎が弓月を包み込む。


「ゆ、弓月殿!?」


乙矢は予想外の助太刀に、ただ名前を呼ぶだけだ。


「愚かな女め! 『朱雀』を抜きおって」


弓月は、これまで見せたことのない鋭い剣捌きで一矢を攻めた。悪態をつきながらも、一矢は避けるのに必死だ。

今の弓月は、防御などまるで念頭にない。それは、鬼神のような戦いぶりだ。おまけに、神剣の格においても『青龍』一本では『朱雀』に劣った。

だが……


「よくも父上を、兄上を殺したな。よくも正三を……よくも……絶対に許さぬ! 貴様を殺してやる。この手で絶対に殺す!」


――我が勇者よ。『朱雀』の勇者よ。正義は我らにある。正義の鉄槌を下すのだ。


弓月の意識は次第に霞んで行く。

朱色の霧が掛かったようだ。一矢は、弓月から何もかも奪った。今また、命より大事な乙矢さえも奪おうとしている。

眼前に浮かぶのは、乙矢に向かって『青龍』を振り下ろす一矢の姿のみ。


――『朱雀』の勇者よ。一矢を殺せ。一矢は鬼だ。鬼を殺すのが我らの正義。



「一矢を殺す。貴様は鬼だ……鬼は殺さねば……」

「聞くなっ! 『朱雀』の……鬼の言葉に耳を貸すな! 弓月殿っ!」


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