弟矢 ―四神剣伝説―
「姫! そんなにお急ぎになられずとも、到着は明日でござる」


長瀬も少しずつではあるが、右腕で刀が振れるようになった。

だが、むさ苦しい容貌は相変わらずだ。


「わかっております。でも、この格好でお会いする訳には参りません。何か着られるものを探さないと」


着の身着のままの西国での道中と変わらず、今の弓月は袴を穿いた男の姿をしていた。

よもや蚩尤軍に残党はいまいが……。それでも、なんらかの理由で、四天王家を逆恨みする者が出ないとも限らない。そのため、外出時は男の身なりをして、腰に刀を下げていた。

しかし逃亡中に比べれば、髪は綺麗に梳かしてひとつに結っている。着物も薄汚れた雑巾に近いものとは違った。


東国に戻ってすぐは、一年間放置されていた屋敷や道場、神殿の修繕など課題が山積みだった。

だが、まず初めに弓月がしたことは――遊馬一門の犠牲者を一斉に弔うこと。

乙矢と違って家族を埋葬する間もなく、弓月らは領地を追われたのだ。しかし、此度の謀反において遊馬家は一切お咎めなし、となった。弓月らに負わされた罪状もなくなり、改易(かいえき)も取り消された。


だが、爾志家はそうはいかない。

嫡男の一矢がかなりの部分、四神剣の強奪と幕府転覆の計画に加担していたせいだ。

乙矢自身も神殿から『白虎』を持ち出し、蚩尤軍の武藤に渡した事実もある。無論、姉が人質になっていたこと、武藤の犯した罪を申し述べれば「致し方なし」と言われたのだろうが……。

乙矢は決して口にはしなかった。


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