弟矢 ―四神剣伝説―
まさか、武器にかんざししか持たない女を相手に、弓月が刀を抜く訳にもいかない。


「おい、乙矢。お前の女だろう? 早く、どうにかしろ。弓月様にご面倒をお掛けするなっ!」


新蔵は、自分自身がさも迷惑そうに怒鳴った。
 
 

蚩尤軍との戦闘の後で、気を抜いていたのは確かだ。

それに、たかが女郎である。乙矢のどこにそれほどの魅力があるのかわからない。だが、嫉妬に狂った女の所業に目くじらを立てることはあるまい。

それは――誰もがそう思った直後に起こった。


この時、乙矢の脳裏に何かが警告を発した。

おゆきが手にした珊瑚の玉かんざしは、とても宿場女郎ふぜいの持てるものではない。


「適当なことを言って、乙矢さんに罪を擦り付ける気だろう!」

「そうではない。事情は話せぬが……」

「お前のような女は殺してやるっ!」


この時代、腰に二本の刀を差して袴を着用していれば、まず“男”だ。今の弓月を見て、“女”と思う人間は限られている。


< 70 / 484 >

この作品をシェア

pagetop