弟矢 ―四神剣伝説―
「よせっ! おゆき!」


女のかんざしで差されたところで、さほど深い傷になろうはずがない。弓月にも、そんな油断があった。それでも、顔面に振り下ろされたかんざしを、咄嗟に腕で受けようとする。しかし、それより先に腕を差し出したのが乙矢だった。

かんざしの先端は鋭い錐(きり)のように尖っていた。それは一寸弱、乙矢の腕に食い込む。


「乙矢殿!」


そんな弓月の声に、ようやく全員がただならぬ気配を察した。

しかし、おゆきは乙矢を差したことで、呆然と立ち尽くしている。


「おゆき……もう、いいだろ? もうよせ」

「どうして? どうして、お前さんが、そんな女を庇うんだい。それなりに、楽しくやってたじゃないか? こんな連中が来るまでは」


乙矢は腕に刺さったかんざしを抜くと、地面に投げ捨てた。それを見て、正三が弓月の前に立ち、新蔵はおゆきを取り押さえようとする。 


「この女っ!」

「乙矢どの、大事ございませんか?」
 

凪の問いに軽く答えようとした時、乙矢の視界は揺らぎ、上下逆転するような錯覚に陥る。大丈夫、と答えたいのに、声が出ない。玉のような汗が噴出し、心の臓が激しく打ち始める。


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