弟矢 ―四神剣伝説―

五、両刃の剣

「弓月どの……落ち着かれましたか?」

「凪先生。申し訳ございませぬ。兄上の名を聞き、取り乱してしまいました。お恥ずかしゅうございます」


乙矢の部屋を立ち去り、井戸で顔を洗おうとしたところを、新蔵に見られてしまった。早とちりして、乙矢の元に飛び込んだのはわかったが、泣き顔のまま追うわけにも行かない。後で、長瀬がその場をおさめてくれたと聞いたのだった。
 

凪は、焚き口の横にある、以前は引き戸であったものを押し開け、戸口に持たれかけた。

弓月の頬に風があたり、光が差し込む。

それまで、薄暗い台所の土間の上がり口に腰掛け、話をしていた。凪に暗さは関係ないが、戸を開けたのは弓月のためだった。


「今の状況は、大の男でも逃げ出したくなるでしょう。十七の娘に、荷が勝ちすぎていることは、重々承知しております。弓月どの、頑張り過ぎずとも良いのですよ」


凪の口調は極めて穏やかだ。それに反して、弓月の瞳は険しくなる。


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