弟矢 ―四神剣伝説―
「それは、どういう意味でしょう?」

「あなた一人なら、いずれかの里に落ち着いて、奴らの目を欺き、静かな暮らしを得ることも可能でしょう」

凪の言葉は弓月に『青龍二の剣』を手放せと言うも同然だ。
 弓月はにわかに気色ばむが、そんな彼女を宥めるように凪は言葉を繋げた。

「神剣は自ら持ち主を選ぶと言います。手放しても、誰にも使うことなどできません」

「鬼となれば話は別です! これまで、見ぬ振り、聞かぬ振りをして来ましたが、すでに『青龍一の剣』は幾人もの鬼を生み出している。すべて我らの責任です」


『青龍』は二本で一対。一本なら、鬼の力も弱く、事が済めば始末し易い。そういった理由から一番敵に利用され易い剣だった。


「それだけではありません。奴らは父上、兄上、義姉上の仇! 討たねば、あの世で合わす顔がございません。神剣を守り、いざと言う時には身命を賭して戦うため、日々鍛錬して来たのではございませぬか? この期に及んで逃げ出すことなどできません!」
 

ここ数日、穏やかであった弓月の顔は、気付くと、乙矢に逢う以前に戻っていた。

凪には見えないが、気の流れで手に取るようにわかる。こうなれば何を言っても無駄ということを凪は悟っていた。


「わかりました。では、今宵、出発致しましょう」


彼は弓月にそう答えた。


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