ふたり。-Triangle Love の果てに
「お待たせいたしました」
二つのカクテルを差し出す。
一つを泰兄に、もう一つをその隣に座る女性に。
「Between the sheetsでございます」
自分でも驚くほどに無機質な声色だった。
その言葉に、その女性だけでなく隣のカップルまでもが話をやめて、私を見る。
「え?今なんて?」
「between the sheets、ベッドに入って、という意味のカクテルでございます」
しん、と静まりかえる中、声をあげて笑い出したのは他でもない、泰兄だった。
「これはいい、今夜にぴったりだな」って。
そして一口飲んではまた笑う。
「なるほど、そんな味だ」
「あなたって見かけによらず大胆なのね。えっと片岡…さんだっけ?」
彼女もおかしそうに笑った。
片桐よ、そう訂正する気にもなれず、サービスのビターチョコレートを小皿に盛って出した。
そのカクテルを飲み終えると、泰兄たちは席を立った。
彼女は彼に寄りかかるようにして歩く。
泰兄の手はそのしなやかな腰に回されていて、私は思わず目をそむけた。
いや、行かないで。
その人と行かないで。
そんな心の叫びが届くわけもなく、無情にもドアベルが冷たく鳴った。
泰兄…
カウンターに立っていても、これからのふたりのことが頭から離れない。
ボーっとしてしまう。
唯一の救いは、目の前のお客さまがカップルだということ。
ふたりだけの世界に浸ってくれているので、話しかけなくてもいい。
でも、心ここにあらず。
フルーツをカットしていた手が滑って、人差し指に細くて赤い血が線を描いた。
しばらくそれを眺めていた。
じん、と重い痛みが広がって、指からその血がしたたり落ちる。
痛い…痛い…
胸が痛い…
きっと私の胸にも目に見えない血がこうやって流れている。
傷付いて、でも誰も手を当ててくれなくて…
ひとりで痛みに耐えてる…