ふたり。-Triangle Love の果てに
後片付けを終えて店を出ると、冷たい風が私を追い抜いていった。
落ちてきた髪を耳にかけながら、寒さに身を縮める。
最低最悪のバレンタイン。
静まりかえった通りをしばらく行くと、突然黒い大きな影が目の前に現れた。
「泰兄…」
「さっきはシャレたことをしてくれたじゃないか、おもしろかった」
そう言って、私の行く手を阻むように向き直る。
「どうしたの、こんなところで。彼女と甘い時間を過ごしてるはずでしょ」
意識しなかったけれど、きっととてつもなく嫌味な言い方をした私。
「あの女が勝手に言ってただけだ」
「そう?あなたもまんざらでもなかったじゃない」
ふたつの白い息が宙で絡み合う。
「仕事でやむなくああいう対応をすることもある」
「仕事?やむなく?便利な言葉ね」
私にはどうしても都合のいい言葉にしか聞こえない。
あからさまに嫌な顔をして、私はバッグを反対側の肩にかけ直すと彼をかわすように歩き出した。
「おまえはまだまだガキだな。純情というか、何も知らないというか。世の中の汚い部分から目を背けすぎだ」
背後から追いかけてくる声に私は振り返った。
「なんですって?」
「そんな顔をするな。本当のことを言ったまでだ」
「失礼にもほどがあるわ」
私は彼に詰め寄った。
「この世界で生きていくには多少の駆け引きは必要だ。夜の仕事は夢を売るものだ。偽りであろうと愛や恋を駆け引きの道具として使う」
「駆け引き?人の心を弄ぶだけじゃない」
「それが俺たちの仕事だ。おまえも酒で酔わせて相手を慰めたり勇気づけたりする。言ってみればあれもまやかしだ」
「よくもそんな…!」
「現実は理不尽なことばかりだ。おまえもそろそろ目を見開いて真実を受け入れろ。きれいごとなんてこの世界では通用しない」
そう言って、泰兄は私の頬を手の甲で優しく撫でた。
「やめて」
その手を振り払うと、私は皮肉たっぷりにこう言った。
「じゃあ、彼女にしてみたら本当に今夜のことは理不尽だったでしょうね。あなたと過ごせると思って、あんなにも楽しみにしていたのに。それとも彼女はあなたの言う『現実』を理解してるから、すんなり帰っていったのかしら」