コイン★悪い男の純情
 「本当に何もして下さらないのですか」


 「ええ、何もしないと約束しましたからね」


 「私ってそんなに魅力がございませんの」


 「そんな事はありませんよ。だけど、今日は僕の我ままにさせて下さい」

 「そんな約束なんか、破って下さればいいのに。仕方がございませんわ」

 二人は沈黙のままホテルを出た。


 純一は地下鉄御堂筋線の梅田駅まで芳恵を送った。その間、芳恵は一言も語らなかった。

 芳恵は改札口と通ると心なしか寂しそうに去って行った。


 (深い関係になると、もっともっと辛くなる。勘弁しろよ・・・。本当にありがとう。元気でな。妹の真美恵には気を付けなよ。じゃあな)


 純一はちょぴり不満そうな芳恵の背中に向かって、心の中で呟いた。

 この瞬間から、純一は芳恵の前から姿を消した。

 
 芳恵はカメオのペンダントを見ながら涙を流していた。

 涙が次から次から頬を伝う。
 まるで泉のように、涙が体の奥から湧いて来る。
 芳恵の目は少し腫れていた。

 純一から1週間以上連絡は無かった。
 もう、電話は掛かってこない予感が、芳恵の胸を張り裂いた。


 「あの時、なぜ抱いて下さらなかったの」
 「電話はなぜ下さらないの」
 「真美恵の事が原因なの」


 芳恵が幾ら質問をしても、答えは返って来なかった。


 芳恵は、突然姿を消した純一が忘れられなかった。


 恋しさと切なさの余り、芳恵は純一を恨みがましく思っていた。しかし、警察に訴える気は髪の毛の1本も無かった。
< 41 / 162 >

この作品をシェア

pagetop