わたしの姫君
フェルーラの背後にいるルシアを見つけると、店主は真ん丸の眼をさらに丸く見開き、片眉を器用に動かしながら言った。
袖のないシャツからむき出しの両腕は、脂肪と筋肉で風船のように膨らんでいる。うっすらと切り傷の痕が見えるのは、おそらく料理の際にできた傷ではない。こんな体系ではあるが、おそらく腕っ節は強いだろう。職業柄、間抜けではやっていられないといったところか、時おり見せるルシアへの警戒心と目の光らせかたは尋常ではないようにルシアは感じた。
「行き先が同じでしたのでちょっとご一緒しただけですよ。ところで、あの……」
ルシアの視線を気にしているのか、フェルーラが口ごもると店主の男は意を介したように頷き、神妙な面持ちで今度は首を横に振った。
「だめだ。なんの手がかりもなしだ。そういえば、今月で契約が切れるがどうする? 引き続き情報を集めるか?」
表情を曇らせ、何か考えている様子のフェルーラを無視して、店主は続けた。
「こんなこと言いたくはないがもう十年になるだろう。おそらく旦那の妹さんは――」
「無駄、と仰りたいのですか」
店主の言葉を遮り、低く漏らした声に場が凍った。
フェルーラの背後を見ながら、ルシアは首の後ろに鋭いナイフの刃を押し当てられているような心地になった。
冷たく、血の気がひく声、だ。
どんな表情をしているのだろう。
だが、ルシアの場所からは、彼の表情は窺えない。冷たく細められた目をしているのだろうか。それともルシアの知るフェルーラと同じで、笑顔のままでいるのだろうか。しかし、口を半開きのまま表情を引き攣らせた店主を見ていれば、普段の彼とは違う一面を見せていることは、想像できた。