わたしの姫君
「いや、そんなつもりじゃなかったんだがな。すまない」
「――とりあえず、契約の件は家族とも相談してみます」
フェルーラは低く落としたままの声で告げると、有無を言わせない雰囲気のまま店主に背を向けた。
ルシアとフェルーラの目が合った。
今までルシアがそこにいることを忘れていたかのように、目を見開き驚きの表情を見せるが、それも一瞬。少し困惑気味ではあるが、薄い唇を開けば女性を口説く甘い言葉でもすぐに出てきそうな笑顔に戻った。
「すみません、私はそろそろ帰ります。ルシアさんはいつ頃までこちらに?」
「どうだろう。わからないけど今日発つことはないと思う」
「そうですか。ではこれが最後かもしれませんね。――ルシアさんの旅に幸あれ」
言って、フェルーラは胸の前で印を結んだ。親指と人差し指で、塩をつまむような仕草で、下から始まる円を描き、真上から円を切り裂くように指を落として眼を開けた。
大陸の中心に位置するラフェル王国でよく見られた印だった。
食事の前後、出会いに感謝するとき、そして別れの挨拶に。
「ありがとう。色々と助かったわ。そっちも元気でね」