わたしの姫君
「手頃な依頼を二、三件紹介して欲しいの」
フェルーラの姿が見えなくなるのを確認することもなく、ルシアはカウンターに向かって訊ねた。
ちょうど空いていた席に座ると、店主の隣でグラスを磨いていた手伝いの青年に、ジョッキに入った酒を注文する。店主はそんなルシアの様子を見ながら肩をすくめた。
「手頃って、どんなもんだい」
「そうねー……。この辺りの物価はどんな感じなの?」
頬杖をつき、目の前にジョッキが置かれると、まるで水を飲むように酒を呷る。ルシアの眼は、水を得た魚のように輝いた。
「一晩で銀貨一枚ってとこだな。もちろん食事は別だ」
「ふーん。なら銀貨十枚。それを二、三件ね」
すると店主は驚きの声を上げた。
「十枚? たったそれっぽっちでいいのかい。あんた魔族だろう」
ルシアはジョッキに残った酒を名残惜しそうに飲み干すと、面倒臭そうに顔をしかめた。
魔族は気性が荒い。それはルシア本人もよく自覚している。また人間よりも視野も広ければ視力もいい。野生の勘とでもいうのだろうか、全ての機能において敏感だ。そして何より優れているのが魔術。本来人間は魔術を使う際、自然の理に干渉する呪文が必要だ。その段階を経て、ようやく神様が自然の力をもとに魔術を貸し出す。それが魔術。そう聞けば、術式さえ覚えてしまえば誰でも魔術が使えるように思えるが、それもまた違う。各々の身体能力によって腕力が強い者、俊足な者、原理はそこと一緒で、自然の理に干渉する力――魔力も得意不得意があるのだ。けれど、魔族はその途中経過を全く無視した魔術が使えるのだ。要は呪文のない魔術。
戦闘において、呪文があるかないかでは、随分と勝敗に影響が出てくる。それもそうだろう。呪文を終える間に、剣を何回振ることができるだろうか。
店主は、そんな魔族ならではの長けた戦闘能力を持ちながら、人間――それも剣を握ったばかりの見習い程度の依頼を希望していることに、驚いているのだ。