わたしの姫君
「ルシア!」
飛沫の音が、やがて子守唄にも聞こえてきた頃だ。
まだ声のどこかに幼さを残す、それでいてとても落ち着いた低い声が、ルシアの姿を見つけて叫んだ。
「リュクス、よく抜け出せたわね」
驚いたふうもなく、ルシアは青年――リュクスを見つけると笑いながら言った。
リュクスは走ってきたのだろう。肩で息をしながら、ようやく呼吸を整えると少し困惑気味の笑顔になった。
「そうだよ。こんな時間に呼びつけておいて……。僕はこういうこと慣れていないのに」
リュクスの短い髪が、彼の動作に合わせてふわふわと踊る。
普段のリュクスなら、白いシャツのボタンはきっちり全部留められ、精巧に作られた人形のような出で立ちだというのに、今は呼吸と一緒で少し乱れていた。一番上のボタンは外れ、革靴の紐が片方だらしなく垂れている。髪だって、少し寝癖のあとが見える。
「急いできたの?」
まだお互い小さい頃からよく見てきたが、こんな姿のリュクスを見たのは初めてかもしれない。ルシアは堪えきれず、愉快に声を上げて笑った。
「ひどいよ……。そりゃあ急ぎもするよ。報せの鳩が来たのいつだと思う? さっきシーツにもぐったときだよ? ルシアはいつもいつも何をするにしても急すぎるよ」
「でもそのおかげで、いいもの見られたしね」
いいもの? とリュクスのおうむ返しに、ルシアは無言で彼の跳ねた髪を指差した。最初首を傾げていたリュクスだが、髪に触れた瞬間、夜でもはっきりとわかるほど頬を染め俯いた。続けて自分の姿を改めて確認したリュクスが、黙々とシャツのボタンを直し始めた。