わたしの姫君

 俯き、自分が落ち込んでいることを知られたくないがために、早くこの場から立ち去りたかった。

 ふわり、とルシアの身体が宙に浮く。

 やがて静かに赤い花びらが舞った。

 月の光がルシアの浮いた足元に濃い影を作り、影を消すように赤い花びらで地面が埋め尽くされていく。

 ――リュクスはサーラムの王子だ。

 あまりにも自分と長く一緒にいたせいで、たまにその事実を忘れてしまう。本当ならば、気兼ねなく話しかけられる立場じゃないのだ。ルシア自身も、リュクスも。

 たとえ親同士で決めた婚約者だといっても、忘れてはいけなかったのだ。ただの幼馴染でも、ただの友達でもない。王子なのだ。

「ルシア!」

 色々な思いが目の前で撹拌されている中、浮かんだルシアの腕をリュクスが力強く掴んだ。汗の滲んだ、熱い手。

 顔を上げると、泣きそうな面持ちでルシアを見上げていた。

 泣きたいのは自分なのに。その一言を飲み込んで、リュクスの言葉を待った。口を開いてはつぐみ、息を吸って、吐いて。俯きかけたと思ったら忙しなく辺りを見渡す。そんなリュクスの様子に、落ち込んでいた気分が薄れた。

 まだ出会ったばかりの頃、婚約者だと紹介されたルシアを見て、そわそわと落ち着きを失くしたリュクスと同じリュクスだ。あのときも、今と同じように言葉を探して、ようやく声がきけたときには、周りがため息をついてしまうほどの時間が経っていたのを思い出す。
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